⒍治安

 

こちらに来て数日後の出来事だった。初めてダウンタウンのブロードウェイに行ったとき、前から来たホームレスの黒人が、ギミーアダラーと声をかけてきた。僕は「ノー」と小声で言ってかぶりを振り、通り過ぎた。日本ならまず何も起こらないだろう。しかしこのときはいつもと随分違った。まず背後で大きなブレーキ音がなった。そして、なんだろうと振り返ると、ドラマでよく見たことのある光景が目に飛び込で来た。それは、「急停車したパトカーから警官が2人降りてきて、黒人をホールドアップさせ、壁に押し付ける」という一連の逮捕劇で、一瞬の早業だった。何が起こっているのかすぐにはわからなかったが、どうやら、その黒人が僕を狙っているのを、たまたまパトロール中の警官が見つけて助けてくれた、ということらしい・・・。やはり、ここは日本ではないのだ。

 

こちらではよく、ギミーアダラーだとかワンダラープリーズと声をかけられる。このような場合の対処法として地球の歩き方には、「相手の目を見て、毅然とした態度でノー!”と言おう」と書いてある。しかしこれをすると、恐ろしい目でにらまれたり、きたない言葉を投げつけられたりすることがままある。特に、低い声で威圧的にお金をくれという相手の場合は、そうなることが多かった。やばい雰囲気になって、走って逃げたこともある。

 

日本人同士の会話に置き換えて考えればわかることだが、同じギミーアダラーにも「お金を恵んでください」と「金をよこせ」には大きな違いがある。両者に同じ対応をすればどうなるかは想像に難くない。相手が外国人だからといって違いはないだろう。やはり何事も常識に照らして考えてみることが大事だ。ちなみに他の多くのガイドブックには、「安全の為、絡まれた時すぐ渡せる少額のお金を用意しておこう」と書かれていることを帰国後知った。

 

単独行動は同行者がいる場合に比べて犯罪等のターゲットになる確率が圧倒的に高い。これはひとり旅の大きなデメリットだろう。旅行者にとって最も大切なのは安全対策だ。土地勘がないよそ者が正しく判断し対処することはとても難しい。危険の度合いがわからないからだ。地元の人がもつ“どこがどの程度危険か”といった情報や知識がないし、馴染みのない土地では危険を察知する嗅覚が働かない。そのためこのあたりは治安が悪いといわれると、過度に恐れるかたいしたことはないだろうと高を括るか、という極端な反応をしがちだ。前者の場合は行動が消極的になってしまい旅の楽しみが半減するし、後者はトラブルに巻き込まれる可能性が高まる。いかに正確な情報を多く入手できるかが非常に重要だ。